ブロードウェイの巨匠スティーヴン・ソンドハイムのトニー賞受賞ミュージカルの映画化。
ジョニー・デップが初めて歌うということでクローズアップされ、
ティム・バートンとの6度目のコラボ、ヘレナ・ボムカーター、アラン・リックマン、サシャ・バロン・コーエン などの豪華キャストで非常に注目を浴びていた今作。
ジョニー・デップはこの作品で初めてゴールデン・グローブ賞の主演男優賞を手にし、
アカデミー賞でもノミネートされたばかりだ。

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やっとスウィーニー・トッドに会えた。
試写会も一切応募せず、初日にはどうしても行けず、ひたすらこの日を待っていた。
今回は散々トレイラーを見、レビューも読み倒しての参戦。
ただし、ネタバレは極力見ないようにし、ラストシーンだけはまったく知らずに行った。
よくレビューで目にしたのはグロイ、怖い、気持ち悪いという感想。
これは相当な恐怖だった。
実はジョニー・デップに出会うまで、ホラーやスリラーは見ない主義だった。
いろんな状況を想定していた。
しばらくは肉を食べれないと思い、前日はハンバーグを食べたり。(爆)
予約した席がど真ん中になってしまい、
気分が悪くなったときにどうやって抜け出そうかとか真剣に悩んだり。
でもそんな覚悟の上で見に行ったのが逆によかったのかもしれない。
血が飛びそうな場面では、ほとんど目をつぶった。それだけのことだ。(笑)
それだけで、世紀の傑作を目にすることができるのだ。
勇気を持って見に行こう。
怖いだけで見に行くのを控えている人はもったいなさすぎる。
【以下ネタバレ注意】
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とても短い2時間だった。
アラン演じるエロ判事に美しい妻を横恋慕され、
無実の罪で捕らえられ監獄に送られた理髪師ベンジャミン・バーカー。
復讐を胸にスウィーニー・トッドとして15年ぶりにロンドンへ戻ってくるところから
物語は始まる。
昔住んでいたミセス・ラベットが営むパイ屋の2階に舞い戻り、
再び理髪師として復讐の機会をうかがうトッド。
憎き相手を寸でのところで取り逃がしてしまい、無差別殺人マシーンと化す。
ラベットはそんなトッドに淡い恋心を抱きながら、その復讐劇を手伝う。
死体処理もかねて人肉でパイを作り、閉店寸前のパイ屋が大繁盛だなんて…。
とても日本人には受け入れられないストーリーだ。
でも、この映画はそんなおぞましいストーリーも、
ティム・バートンが彼ならではのブラックユーモア炸裂で料理する。
実際に劇場でも笑いが起こっていた。
もう見所満載でどこで気を抜いたらよいかわからない。
とにかく描き方が面白いのだ。
ミセス・ラベットとMr.T(トッド)の妄想合戦。
ミセス・ラベットは完全に少女マンガの主人公になり切って、
無理やりその妄想にMr.Tを登場させ、ああしたりこうしたり、やりたい放題。(笑)
途中から無口でされるがままのジョニーが高倉健に見えてくる。
(「不器用な男ですから…」/意味不明)
トッドも剃刀を手にした瞬間、完全に悲劇のヒーローとして妄想が暴走し、酔いしれ、
ラベットに話しかけられても戻ってこれない。(爆)
でも、トッドは妄想で終わらせるのではなく、現実にその殺戮を展開することになる。
後半からは息を飲む残酷なシーンが繰り広げられる。
目をつぶる回数が多くなり、ジョニーからも表情が消えていく。
感情を交えるのを拒否するがごとく、
まるで屠殺(とさつ)マシーンのように人間を次から次に殺めていく。
そして刻々とその時が近づいてくる。そう、復讐の瞬間が。
驚くことに、いつのまにか熱いものがこみ上げてきた。完全に想定外だ。
レビューを見ていて、泣く映画だなんて、まったく想像していなかった。
実は、中盤、あまりにもジョニーの表情がなく、存在も薄く、
この映画の主人公はへレナなのかと錯覚するほどだったのだ。
それが……、
クライマックスに近づくにしたがって、ものすごい勢いでジョニーの感情が溢れ出し、
最後の10分間はもうジョニーの独壇場。
それは、かつて見たことのないほどの存在感だった。
もう圧巻としか言いようがない。
到底人間の血が流れているとは思えないような冷血な連続殺人を繰り返した挙句、
最終目的である判事を目の前にしたトッドのあまりの人間臭さ。
クールに首を掻っ捌いていた殺人マシーンではなく、
今まで溜まっていた憎しみや恨みがとめどもなく吹き出し、
狂気の中、ものすごい形相で襲い掛かる。
目的を果たし、血しぶきを顔いっぱいに浴びたトッドの表情はもう見ていられなかった。
エンディングのシーンは大げさではなく歴史に残るワンシーンではないだろうか。
剃刀を手にしたトビーが近づいてくるのを背中で感じたジョニーの表情。
すごい。すごすぎる。鳥肌が立った。
彼にとってはあの瞬間、トビーが神に思えたのではないだろうか。
今思い出してもとめどなく涙が溢れてくる。
そこには呪われた運命に翻弄された哀れな男、ベンジャミン・バーカーが、
力なく神の制裁を待っていた。
本当は善良な人間であったトッドのあまりに理不尽な運命。
美しい妻と可愛い子供との幸せを奪われた彼は、復讐するためだけに生きてきた。
復讐に取り付かれたこの男は、本当は生きていた妻と子を見分けることもできなかった。
そしてラベットの健気な愛も自らの手で葬ってしまう。
激しい展開の末のゆっくりと血のりが広がるエンディングは不思議なほど美しい。
トッドにやっと訪れた穏やかで温かい時間。
本当はそのまま地獄に堕ちて当然であるトッドだが、
その柔らかい空気の向こうには、優しいマリア様が手を広げているようにも思えた。
はっと気付くとミュージカルであることを忘れていた。
どのせりふが歌で、どれが普通の言葉なのか、境目がわからなくなっていた。
こんな経験は初めてだった。
誰の歌が上手いとか下手とか、そんなことどうでもいい。
このあまりに残酷な劇を映画化したティム・バートンの勇気と手腕、
ミュージカルとかホラーとか、一切の壁を超越したキャストの素晴らしい演技、
そして猟奇的な殺人鬼を、人間として見事に演じきった俳優ジョニー・デップに、
最大の賛辞を送りたい。