
ジョニー・デップに次いで注目していたハリウッドスター、ヒース・レジャー。
彼の急逝の知らせが飛び込んできたのは、ちょうど「スウィーニー・トッド」の日本公開の直後だった。
「ロック・ユー」で見つけたこの若手俳優は、間違いなく未来のハリウッドを背負う宝物のような俳優だった。
「ロック・ユー」の底抜けに明るい騎士役の彼が大好きだったが、
一番印象に残っているのは、「チョコレート」で見せた割れたガラスのように繊細で攻撃的な感性で、彼の底知れぬ才能を感じ身震いした。
「ブロークバックマウンテン」でも、その演技力は高く評価され、アカデミー賞にノミネート。
そして、今回の「ダークナイト」でバットマンの宿敵、ジョーカーを演じ、常軌を逸した役作りでその才能を爆発させる。
その「ダークナイト」は全米で公開されるやいなや、
それこそ度肝を抜く興行収入で、記録を塗り替え、あっという間に「パイレーツ」シリーズを抜き去ってしまった。
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そんな「ダークナイト」を先行上映で見てきた。
レイト上映だったが、8割埋まっていただろうか。
ほとんど怪奇的ともいえる全米での社会現象を
日本のメディアは正確に報道していない。
その中で先行で見に来るということは、多分コアなバットマンファンか、
ヒースの遺作を見届けたい私のような人だろうか。
何だか観客席にも始まる前から、ハリウッド大作には似つかわしくない
押しつぶされるような陰鬱な空気が流れ、胸が苦しくなった。
初っ端から度肝を抜くジョーカーの悪行三昧。
ヒース…、すご過ぎる。
怖い。
哀しい。
どうしてそこまで…。
私は、劇場で轟音に包まれながら、心のやり場に困った。
演じたヒースの命をも奪ったジョーカーが憎くもあった。
正義を嘲り、悪を愉しむ卑劣なジョーカー。
正義の仮面に苦しむバットマン。
正義と悪の軋轢に身も心も引き裂かれてしまうツーフェイス。
今のアメリカ、いや全世界を象徴するような命題だ。
正義は裏では悪に染まり、何を信じていいのか誰もが見失うような時代。
正義の矛盾を暴き出し、悪の完璧さを体現するジョーカー。
悪だけが、自分を裏切らない唯一の対象であるかのように。
しかし、本当はバットマンにその悪の完璧さを覆してもらいたいがための悪行ではなかったか。
薄気味悪く笑い続けるジョーカーの目は底なしに暗く哀しい。
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しかし、ここまでダークな作品が、記録を塗り替えて上り詰めていくのは
ちょっと異常ではないか。
一種のファシズムさえ感じる。
今のアメリカの危うさを思った。
迷える時代、人々は絶対的なヒーローを求めている。
それが悪役であろうとも、完全無欠の存在を誰もが待ち望んでいるのだ。
死を伴って、その演技を神の領域にまで持っていってしまったヒース。
ある種ドキュメンタリーのようなリアリティを醸し出すヒースの演技と
絶頂期における劇的な急逝に、映画を超えたドラマを見出し、
アメリカ市民は酔いしれているのかもしれない。
役に命を注ぎ、本当に命を奪い取られてしまったヒース・レジャー。
彼もやはりジョニー・デップと同じく、名声という悪魔に悩まされていた。
ジョニーと違うところは、あの時、愛する家族を失っていたこと……。
母国オーストラリアのカメラマンに水鉄砲をかけられ、
ショックから母国を去ったヒースは、人一倍傷つきやすかった。
そのカメラマン、出て来い!(怒)
私はもっとヒースを見たかった。
生きて、今の映画の評価を浴びてほしかった。
私たちは、いったいどれだけの未来の名作を失ったのであろう。
彼はこの映画で伝説になった。
けれど、彼が表現できるのは、もっともっと未曾有にあったはず。
もっともっと高いところに到達できたはず。
「Why so serious?」
…と、ヒースはぼんやりと不気味にかわいらしく首をかしげる。
それは、ヒースの、自分自身への問いかけであったのかもしれない。
人懐っこいけれど思いつめたようなヒースのまなざしを思い出す。
ヒース、すごい作品をありがとう。
どうか安らかに。